2024/06/13 13:50

先日、祖母が旅立ってしまいました。

もう何年か前から肺炎などで数回の危篤を克服してきたお婆ちゃんですが

とうとう老衰の為入院し、もう退院はできないと思うと言われたのがつい一ヶ月前の事でした。

7月の誕生日を目前に実に101年の年月を生きて、苦しまずに亡くなったとのことでした。

お婆ちゃんはお爺ちゃんとすごく仲が良くて、遊びに行った際にはいつも2人でニコニコ出迎えてくれていました。

“満州の引き上げで、一番最後に帰ってきたのがお爺ちゃんで、お嫁にいかずに残っていたのはお婆ちゃんだけだったのよ、だからお爺ちゃんと結婚したの“ と笑って話してくれたことを良く覚えています。

戦争に関する話はそれ以外聞きませんでした。話そうとしなかったので、とても辛い思いをしていたんだろうと思いますが、本当にいつも優しくて、親戚一同が集まる機会が大好きでした。毎回奮発して、高級なお肉のすき焼きを振る舞ってくれました。

帰る時には “いつまでもうちに住めばいいじゃない“ と何度も言うので少し困ってしまうこともしばしば。

お爺ちゃんが亡くなったのは私が小学校4年生の時でしたから、それから28年間1人で寂しかったと思います。

こんなに長い間離れ離れだったので、向こうでちゃんと2人が再会できてるのか心配になってしまうくらいです。


この週末にお見送りの為久々に祖母の家に行ったら

家の中は私が7〜8年前に訪れた時のまま、時が止まっていたようでした。

ちょうどその頃に施設に入ったので、その後きっと誰も来ていなかったんだと思います。

色々な記憶が詰まった家でした。

よく考えたら、お爺ちゃんが亡くなった頃から殆ど何も変わっていないように思います。お爺ちゃんの趣味だったお庭の植物たちも、家に飾ってあるレトロな小物や日本人形たちも、お爺ちゃんがなぜか急に買って帰ってきたデカい水晶玉も、お爺ちゃんの仕事机も全てがそのままでした。

私の心配なんて及ばなくて、きっと2人は既に生前の頃のように何事もなく私たちに見えない世界で過ごしているかもしれません。

お見送りをする際に、お婆ちゃんのひ孫にあたる11歳の私の甥が号泣していたのが印象的でじんわり温かい気持ちでなんだか心が洗われるような式でした。






式が終わって近しい親戚と机を囲みワイワイ話していたら、気持ちも少しずつ日常の世界に戻ってきて、夕方には中央線に揺られて実家へ帰りました。


その後は甥っ子姪っ子に遊んでもらって、ポップアップの場所探しをして

今回の帰省も結局弾丸で・・会いたかった人や行きたかったところにも行かずに帰ってきてしまいました。


さて、日常に戻りつつ次のイベントの準備を進めていかなくてはなりません。

6月は古町蚤の市です!22・23の土日は熊本でお待ちしています♪

7月も楽しいイベントを計画していますので是非遊びにいらして下さいませ!


最後に、お婆ちゃん、本当に今までどうもありがとう、これからも見守っててね。